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クラブの活動報告
■シカゴ市内に公衆慰安所を創設 (1906)
ロータリー最初の例会が開催される (1905/2/23)


シカゴ市内に公衆慰安所(便所)を創設

 シカゴ市内に公衆慰安所を創設普及したことこれである。右はロータリーの諸事業の中でも最も功名的なるものであったことを著者は記憶する。このロータリーの最初の事業はシカゴ市内のあらゆる重要なる文化事業団体をこれに参加せしめ、また市及び各町の支持をも得たのであった。ただし第一の慰安所をワシントン街とラザール衝との交叉点の西北隅に建設するまでには、無関心のものや種々なる既成の利害関係と二年以上も闘い続けねばならなかった。かくの如くにしてロータリー・クラブは始めてシカゴにおける文化事業団体中に列せられ、市の資産として数えられるに至った。
 
「ロータリーの理想と友愛」より


ロータリー最初の例会が開催される

  1905年2月23日の夜、第1回の会合をユニテイー・ビルデイング内のガスの事務所で催した。其処へ集まる前に、シルヴエスターとポールとは、ポールの通ったイタリヤ料理店・マダム・ガリの店市俄古の中心に近い北方の市街の或る伊太利レストランで晩食を済ませたのであつた。ガスは前以て他の二人と約束して置いた通り、彼の個人的友人のハイラム・シヨーレイといふ洋服裁縫師を豫め招いて置いた。シヨーレイはメイン州リツチフイールドの産で、既にポールもガスの紹介によつて知合ひになつて居た人である。会合は互の個人的経験談によつて大いに活気立つたが、その後に於てポールは、彼の計画の一般的目的に就いて陳べたのであつた。   
「ロータリーの創設者ポールハリス」より

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